癒す




 


翌朝、二人は揃って朝食を食べていた。


ユウナ「今日学校休みだよね?早いね。」

シン「今日バイト入れてるから。」

ユウナ「そうなんだ?あ、コーヒー飲む?」

シン「あぁ。サンキュ。」





 



ユウナ「昨日、うなされてたでしょ・・・?」

シン「あぁ。たまに怖い夢みるんだ。」

ユウナ「昔なんかあったとか?」














シン「別になんもねぇよ。ただの怖い夢。お前もあんだろ?」

ユウナ「まぁ・・・おばけに追いかけられる夢ならたまにみるけど。」

シン「似たようなもんだよ。」

ユウナ「シンちってずっと母子家庭だっけ?」

シン「なんで?」







 


ユウナ「私たちが子供のころ遊んでたのって小学校上がる前だよね。」

シン「うん。」

ユウナ「シンち、お父さんいたよね。」

シン「・・・・うん。」

ユウナ「シンのお父さんって・・・。」

シン「ごめん。俺もう時間だから行くわ。」


シンは立ち上がり自分の部屋へ去っていった。


ユウナ「 (地雷・・・踏んじゃったのかな?) 」









その晩、ユウナは遅くまでパソコンに向かっていた。
時刻は2時を回っている。
ドアをノックする音。


ユウナ「は~い。」

シン「俺だけど、起きてる?」

ユウナ「起きてるよ。どうぞ~。」





 


ユウナ「どうしたの?珍しいね、こんな時間に。」

シン「ちょっと・・・・・一人でいたくなくて・・・・・。」

ユウナ「眠れないの?」

シン「うん・・・・・。」










シン「ちょっと・・・・そばにいてくれないか?」

ユウナ「いいよ。ホットミルク飲む?落ち着くよ。」

シン「ありがとう。」











 


シン「ごめんな。こんな時間に。」

ユウナ「明日休みだし大丈夫だよ。私もまだ起きてたから。」

シン「そっか・・・。」


シンはゆっくりホットミルクを飲んだ。
ユウナは黙ってただそばに座っていた。






 


シン「今朝、親父のこと聞いただろ・・・・・。」

ユウナ「うん・・・。話したくないなら・・・・。」

シン「いや、聞いてほしい。」

ユウナ「わかった。」

シン「・・・・俺の親父は8歳まで一緒に住んでた。俺が8歳のときに飲酒運転で事故にあって死んだんだ。」

ユウナ「・・・・・。」


ユウナが引っ越したのは小学校に上がった直後だった。
学校は同じだったが家が遠くなったのでシンと遊ぶことはそれ以来なくなった。
シンの父親が亡くなったのはそのころだった。




 


シン「親父は昔から酒飲みだった。そして酒を飲むと暴れた。俺もお袋も、ずっと親父の暴力に耐えてた。」

ユウナ「・・・・・。」

シン「俺が小学生になった頃、親父の暴力は悪化した。仕事がうまくいかなくなったらしい。親父の暴力はお袋より俺のほうに向いた。」


ユウナはシンの壮絶な告白になにも言えないでいた。


シン「お袋はただ見ていた。俺を助けると自分に暴力がいくのを恐れたからだ。俺は誰にも助けを求めることができなかった。お袋が憎かった。」

ユウナ「・・・・。」

シン「8歳のとき、学校から帰った俺は外に遊びにでかけた。そしたら遠くで車が木にぶつかってひっくり返ってるのが見えた。」








シン「かけよるとそれは親父の車だった。車の中から手だけ見えた。」

ユウナ「・・・・。」

シン「たぶんまだ生きてたと思う。指先がちょっと動いたから。でも俺は助けを呼びにいかなかった。死ねばいいと思った。俺は走って家に逃げ帰った。」

ユウナ「・・・・。」

シン「その晩、お袋が泣きながら俺を抱きしめた。父さんが死んだって。俺はほっとした。でもお袋は泣いてたんだ。」

ユウナ「・・・・。」

シン「あんな親父でも、お袋は愛してたのかな・・・・。それから親父は夢に出てくるんだ。体中血だらけなのに、手だけ真っ白で・・・・。」

ユウナ「・・・・。」

シン「その夢をみるとしばらく眠れない日が続くんだ。」

ユウナ「・・・・。」

シン「それから・・・・大学に友達がいないのは、2年のとき問題起こして退学になりかけたんだ。」

ユウナ「退学・・・・?」

シン「喧嘩して相手に大怪我させた。それから周りは俺のことを恐れて近寄ってこない。俺は1年間カウンセリングを受けた。それでヒステリー起こすことも減ったし、暴れることもなくなった。」

ユウナ「そうだったんだ・・・・。」

シン「カウンセリングが終了したのが半年前。久しぶりにまたあの夢を見た。」






シン「ホントはルームシェア始める前に言わなきゃいけなかったのに・・・・ごめんな。」

ユウナ「ううん。だってもうカウンセリングは終了したんでしょ?」

シン「あぁ・・・・。」

ユウナ「それで寮に入ってたの?」

シン「俺、ずっと暴力だけはしなかったんだ。親父と一緒になるのがいやで。でも言葉の暴力も結局一緒なんだよな・・・・。」

ユウナ「・・・・。」

シン「カウンセラーに自立しろっていわれて寮に入った。お袋にも、いままでずいぶん迷惑かけたしな・・・・。」




 


ユウナ「よくがんばったね。」

シン「え・・・?」

ユウナ「カウンセラーと出会って、シンはいろいろ気づいたんでしょ?お母さんのことも、気を遣えるようになったんだね。」

シン「・・・・・。」

ユウナ「えらいと思うよ。」

シン「・・・・・。」






 


急にユウナがすくっと立ち上がった。


シン「?」

ユウナ「ねぇ、ちょっと私のこと抱きしめてみて。」

シン「は?」

ユウナ「弟が小さいときにときどき夜に怖いって泣いてたの。」

シン「・・・・。」

ユウナ「私が抱きしめてあげると、弟は安心していつのまにか眠っちゃってたの。」









シンが立ち上がる。


シン「なに言ってんだよ。俺、子供じゃねぇし。」

ユウナ「人ってね、不思議なパワーがあるんだよ。人の手って、相手の痛いところとか、悪いところを無意識になでたりするんだって。知らないのにだよ?」

シン「・・・・。」

ユウナ「人の手にはパワーがあるの。癒す力もあるんだよ。」









ユウナ「私のこと、抱きしめてみてよ。」

シン「いいよ。・・・・話聞いてくれてありがとう。俺もう寝るわ。」

ユウナ「ちょっと待ってシン。」


立ち去ろうとするシンの体を思いっきり抱きしめた。






 


シン「ちょ・・・・離せよ!」

ユウナ「いいから黙って。」

シン「おい!」

ユウナ「しーっ。」


こわばったシンの体から徐々に力が抜けていく。


ユウナ「だいじょうぶ。だいじょうぶ。」









ゆっくりとユウナの細い背中に腕を回しそっと触れる。


ユウナ「だいじょうぶだよ・・・。もう怖くない。」

シン「・・・・・。」

ユウナ「だいじょうぶ。」


ユウナのやさしい声が響く。











シン「お前、あったけぇな・・・・。」

ユウナ「シンもあったかいよ。」


ユウナはやさしくシンの背中を撫でた。


シン「 (女ってこんなに柔らかかったっけ・・・。なんか・・・・すげぇ落ち着く。) 」